公認会計士高田直芳 会計物理学&会計雑学講座










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公認会計士高田直芳:損益分岐点比率で企業収益を論ずる愚かさ


損益分岐点比率で
企業収益を論ずる愚かさ


2015年6月7日付の日本経済新聞で、次の記事が掲載されていました。
【資料1】日本経済新聞2015年6月7日付(下線部は筆者注)

大和総研によると、利益を出すのに必要な売上高の水準を示す損益分岐点比率」は前期で75.6%と、比較可能なベースで過去最低だった

ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長は「金融危機円高下で、企業は原価低減を進め効率的に稼ぐ力を強めた」と話す。

他者のコメントを単純に批評するのは、好ましいことではありません。 しかし、「瑕疵ある理論」から導かれた「瑕疵ある実務解」であるならば、それを放置しておくわけにいきません。
次の【資料2】に掲げた受賞論文によって、上記【資料1】の記事で「認識すべき問題点」と、それを「解決する方策」を紹介します。
【資料2】
上記【資料1】で注目すべきは、2箇所の下線部分です。 「原価低減」とは、「固定費削減」のことを指す、と解釈されます。 「損益分岐点比率」は「損益分岐点操業度」とも呼ばれ、次の【資料3】で表わされます。
【資料3】損益分岐点比率・損益分岐点操業度
画像
上記【資料3】を図解すると、次の【資料4】になります。
【資料4】CVP図表・損益分岐点図表
画像
上記【資料4】において、損益分岐点売上高は横軸上の点Qになります。 実際売上高を、横軸上の右端にある「X」とすると、線分OQを、線分OXで割った比率が、上記【資料3】の損益分岐点比率(または損益分岐点操業度)になります。 上記【資料3】や【資料4】を利用した分析手法を、CVP分析(損益分岐点分析・限界利益分析・線形回帰分析)といい、現在の管理会計や経営分析の世界では「絶対的通説」として君臨する理論です。 上記【資料1】の記事において、日本経済新聞社大和総研ニッセイ基礎研究所の三社は、この絶対的通説を念頭に置いて、コメントしているわけです。
ところが、です。 CVP分析(損益分岐点分析・限界利益分析・線型回帰分析)を理論的に突き詰めていくと、次の【資料5】に示す「恐ろしい命題」が導かれます。
【資料5】CVP分析から導かれる恐ろしい命題
  1. 作った製品や仕入れた商品は、すべて定価で売れる。
    • 「量産効果(スケールメリット)は無限に働く」と表現することもできる。
    • 定価で売れるのだから、売上値引きは、理論上あってはならない企業活動である。
  2. 売上高が損益分岐点を超えると、無限の利益拡大が保証される。
    • 販売促進費や広告宣伝費を投入すればするほど、増収増益が達成される。
    • 売上高が増えるのに利益が減る、という「増収減益」は、あってはならない。
  3. 限界利益という経営指標は、1年365日、稼働率100%の状態であることを想定する。
  4. 経営資源ボトルネックは存在しない。
    • 工場にある生産工程に、滞留在庫は存在しない。
    • 固定資産(機械装置や不動産など)の購入・売却は、即座に対応可能である。
    • 従業員の中途採用や強制解雇は、いつでも自由に行なえる。
上記【資料5】の詳細は、関連ブログ記事『シャープやソニーを迷走させる元凶は何か』を参照。
ここで認識すべき問題は、上記【資料5】に掲げた命題は、企業実務に携わる者として受け入れることのできる「常識か」ということです。 管理会計や経営分析などの書籍を見ると、「良心的な執筆者」は、上記【資料5】に掲げた命題が、企業実務では決してあり得ないことに悩みつつ、CVP分析を説明しています。 「厚顔無恥の執筆者」は、上記【資料5】に掲げた命題を黙殺して、上記【資料3】や【資料4】を振りかざし、上記【資料1】に似たコメントを述べます。
企業実務において、「作ったものが、すべて売れる」などということが、あり得るのでしょうか。 もし、作ったものが、すべて売れるのであれば、例えばシャープは液晶などを手がけずに、ツマ楊枝だけを作っていればいいのです。 なにしろ、作ったものは、すべて売れるのですから。 しかし、常識的に考えて、「作ったものが、すべて売れる」などということはあり得ません。 ということは、上記【資料4】で示されるCVP分析という理論には、「重大かつ明白な瑕疵」があることになります。 それは何か。
上記【資料4】で描かれている総費用直線が、1次関数で描かれている点に注目します。 1次関数というのは、預金の利息計算でいえば、単利計算構造です。 ところで、現実の企業活動では、次の【資料5】に示す事実を観察することができます。
【資料5】
  • 製造業に勤務する人であれば、工場内の各工程を観察してみてください。

    • 工場内に無数に存在する工程に、材料費・労務費・経費を次々と投入していくと、無限回数の振り替え計算が行なわれていることがわかります。

    • 材料・仕掛品・製品などが入庫と出庫を繰り返し、コストが徐々に膨張していく姿は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • 流通業に勤務する人であれば、店舗に置かれた商品を観察してみてください。

    • 日々仕入れた商品は、棚に補充したそばから、消費者へ次々と販売されていきます。

    • 膨大な商品が入庫と出庫を繰り返し、コストが徐々に膨張していく姿は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • 財務や経理に携われる人であれば、手元にある帳簿を観察してみてください。

    • 上場企業のような大規模組織になると、帳簿に記帳される仕訳の数は、1日で数百行や数千行にものぼります。

    • 振り替えの仕訳を含めれば、年間では数億行や数十億行の仕訳の数になります。

    • 入金と出金を無限回数で繰り返すその様は、無限で連鎖する複利計算を行なっていることと同じです。
  • 株式市場や仮想通貨市場を観察してみてください。

    • 人気が沸騰すればするほど、限りなくゼロに近い時間軸の中で、膨大な数の取引が行なわれます。

    • 買いが買いを呼び、売りが売りを呼ぶその経済現象は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • マクロ経済の産業連関表を観察してみてください。

    • ある産業で生産された中間財は次の産業へ投入され、そこで生産された中間財は次の産業へと投入されていきます。

    • その流れは、マクロ経済レベルで、無限回数の複利計算を行なっていくことと同じです。
すなわち、企業のコスト構造やミクロ・マクロの経済構造は、無限回数で連鎖する複利計算機構を内蔵していることがわかります。 上記【資料5】の事実に基づいて執筆したのが、【資料2】の受賞論文であり、その論文に収録してある理論を「タカダ式操業度分析」と呼んでいます。 上記【資料2】の受賞論文に掲載してある図表に、若干の追加修正を行なったものを、次の【資料7】に掲げます。
【資料7】タカダ式操業度分析
画像
上記【資料7】において、黒字のアルファベットABCDEで結んだものは「総費用曲線」であり、これは複利曲線(正確には「自然対数の底e」を用いた複利曲線)で描かれています。 この総費用曲線ABCDEが、企業のコスト構造を正しく理解するための手がかりになります。 上記【資料7】は、関連ブログ『東芝の「不適切会計問題」を批判する資格のない人たち』で再登場します。
上記【資料7】を用いて、【資料1】の記事にある「瑕疵ある実務解」を検証してみます。 まず、企業のコスト構造が、【資料7】の赤色の点A1近辺にあるとします。 CVP分析では、この赤色の点A1から、1次関数の直線(点A1上の接線)を描きます。 次に、企業の収益が拡大して、【資料7】の赤色の点B1近辺に移動したとします。 CVP分析では、この赤色の点B1から、1次関数の直線(点B1上の接線)を描きます。 と、ここで、面白い現象を観察することができます。 赤色の点B1における直線の傾き(変動費率)は、赤色の点A1における直線の傾き(変動費率)よりも大きくなります。 変動費率が大きくなるのですから、固定費は相対的に少なくなります。 また、赤色の点A1上で描いた総費用直線と売上高線との交点(損益分岐点)よりも、赤色の点B1上で描いた総費用直線と売上高線との交点(損益分岐点)のほうが、左下方へ滑り落ちることになります。 なお、ここで述べているのは、上記【資料4】の「損益分岐点」の話であって、【資料7】の「損益操業度点」ではないので、くれぐれも注意してください。 赤色の点B1から黒色の点Cへ、そして赤色の点C1へ、さらには黒色の点Dへと企業収益が拡大していくと、CVP分析では、次の【資料8】に示す現象が現われます。
【資料8】
企業のコスト構造は複利計算構造を内蔵しているにもかかわらず、それを単利計算構造のCVP分析で解き明かそうとした場合、損益分岐点比率は自動的に低下し、固定費削減が自動的に行なわれる、のです。 「原価低減活動」といった企業努力を必要としません。 これが上記【資料4】のCVP分析に内在する「理論上の瑕疵」です。
上記【資料7】で描いたタカダ式操業度分析は、CVP分析のような愚かな現象を観察しません。 上記【資料7】において、赤色の点A1 → 赤色の点B1 → 黒色の点C → 赤色の点C1、へと企業収益が拡大しても、縦軸上の「基準固定費」は低下しません。 また、総費用曲線と売上高線との交点である「損益操業度点」が、左下方へ滑り落ちることもありません。 以上が、【資料2】の受賞論文から導かれる理論的な帰結です。 上記【資料1】にある「原価低減」など、そう簡単に行なえるものではないのです。 原価低減はそう簡単に行なえるものではない、という事実は、関連ブログ『ROE(自己資本利益率)は、なぜ、急激に改善するのか【前編】』でも証明しました。 すなわち、原価低減に積極的に取り組んでこなかったからこそ、いま、売上高がほんの少しでも増加すると、それにレバレッジ効果が働いて、日本企業のROEは「急激に改善」しているのです。
それに対し、上記【資料1】の前提となっているCVP分析(損益分岐点分析・限界利益分析・線形回帰分析)は、「瑕疵ある理論」です。 また、損益分岐点比率(損益分岐点操業度)は、「瑕疵ある経営指標」です。 したがって、損益分岐点比率が低下するというコメントは「瑕疵ある実務解」であり、原価(固定費)が低減しているというコメントも「瑕疵ある実務解」になります。