公認会計士高田直芳 会計物理学&会計雑学講座

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公認会計士高田直芳:バイセル取引とマスキング価格の裏に潜む怪物


バイセル取引とマスキング価格の裏に潜む怪物
『高田直芳の実践会計講座 原価計算』補足説明

先日、経済雑誌最大手の人と、話をしました。 その1週間前に、在京テレビ局の経済部の人と、話をしました。 話題は、東芝問題。
東芝問題を語るだけなら、栃木県に住む私のところまで訪ねに来る必要はないわけでして。 東京には、私以上の専門知識を有し、私以上にメディアからの取材を受けたい人が、ゴマンといるわけだし。
当日の話題は、電機メーカーから、自動車業界を経由して、流通業界に至るまで、あること、ないこと。 ブログにも書けない裏話が、世の中には、たくさんあるものです。
さて今回は、東芝の調査報告書(要約版)にある「第4章 パソコン事業における部品取引等に係る会計処理」を取り上げます。
第4章は、次の2本の関連ブログでも説明した「有償支給」の問題です。
【関連ブログ】
有償支給に係る取引を、調査報告書47ページでは、「Buy-Sell 取引」と呼んでいます。 直訳すれば「買って売って」ですが、この場合は、部品を擬人化して「行って、帰ってこい」と訳します。
有償支給では、次の拙著202ページで紹介している「材料交付差益」が発生します。 東芝の調査報告書47ページでは、材料交付差益を、「マスキング価格」または「マスキング値差」と呼んでいます。 有償支給(Buy-Sell 取引)にしろ、材料交付差益(マスキング値差)にしろ、世間の圧倒的大多数は、学びもしないし知ろうともしない、会計の話です。 歴代の社長経験者を糾弾する調査報告書が公開され、糾弾された役員たちが辞任したことによって、圧倒的大多数はそれで溜飲を下げて、「はい、オシマイ」といったところでしょう。
それって、どうなのかな。 「組織は人なり」というけれど、人を入れ替えただけで、問題は解決されるのでしょうか。 他の製造業や流通業でも、同様の問題が隠されているはず。 それを認識しておかなくて、大丈夫なのかな。
そう懸念する根拠は何か。 次の日本経済新聞の記事が参考になります。

組織としては何重にもチェックする構造になっている。

東芝カンパニー制を採用し、それぞれ最高財務責任者がいる。

その下の工場や事業所にも経理部がある。

つまり、事業所経理部→カンパニー経理部→東芝経理部、さらには監査法人、取締役会と何カ所も関所があるが、「現場が『見積もりは正しい』と主張すれば反証は難しい」という。

日本経済新聞、2015年6月22日
上記の記事ある「反証は難しい」という記述を、心の隅にとどめておいてください。
まず、有償支給について、調査報告書50ページでは、「見かけ上の当期利益を嵩上げする目的の下に行なわれたものとまでは認められない」としており、有償支給という取引そのものには理解を示しています。 しかし、有償支給は、リスクが非常に高い取引であることに変わりはありません。
有償支給を利用した粉飾決算は──、

  • 関連ブログ『不適切な会計処理〔東芝の場合〕』で紹介した融通手形や循環取引と同様に、「古典的名作」の一つであり、

  • 会計処理は「行って、帰ってこい」なので、極めて単純であり、

  • 会計知識がまったくない監査人でも容易に発見できる粉飾処理なのです。

しかも東芝の調査報告書では、次の記述があります。

  • 正常な生産行為に必要な数量を超えた数量の部品をODM先に対して販売し在庫として保有(50ページ)

  • 2008年から直近まで巨額のODM部品の押し込みが行われた結果、PC事業の月別の損益は、一時四半期末月の営業利益が売上を上回るほど異常な状態となった。(51ページ)

「必要な数量を超えた」り、「営業利益が売上を上回るほどの異常な状態」を見抜けないようでは、節穴もいいところ。 その穴を通して、会計監査人は何を見ていたのか。
東芝の調査報告書では、会計監査人の対応について、次のように述べています。
  • 部品に関するCR(コストリダクション)を受け製造利益を確保している旨の不十分な説明を受けていた。(54ページ)
調査報告書の時点(2015年7月)では、「不十分な説明」と指摘できる段階にまで至ったのでしょう。 しかし、2014年まで、会計監査人の側は「説明が不十分だ」と認識できる段階にまで到達していなかった可能性があります。
なぜ、認識する段階にまで到達できなかったのか。 理由は、企業が運用する原価計算システムが、複雑で、難解だからです。 上場企業の、しかも、歴史のある上場企業の原価計算システムほど、非常に複雑で、難解です。 なんで、ここまでやるのかな、と呆れ返るほど。 例えるならば、今日初めて「材料交付差益」という用語を知った人に、商業簿記1級の分厚い問題集を与えて、「これを今日中に、すべて解きなさい」と命ずるようなものです。
現金預金の仕訳に始まり、連結財務諸表の作成に至るまで、たった1日で解けるわけがありません。 そこで心優しい教師(企業)は、教え子(会計監査人)に対して、「定額法による減価償却は、このように計算するのよ」と、回答と解説の一部を見せます。 これを、「サンプリング監査」といいます。 教え子(会計監査人)は自ら問題を解くことなく、たった1問の解説を教師(企業)から提示してもらっただけで、連結財務諸表作成に至るまでの問題集全体を「適正だ」と評価し、その旨の意見を表明するのです。 この場合のポイントは、教え子(会計監査人)に主体性はなく、教師(企業)がすべてお膳立てをしている点にあります。 定額法以外の回答や解説が出鱈目であっても、教え子が「反証する」のは難しい。
そもそも、なぜ、原価計算システム(問題集)は分厚くて、複雑難解なものとなるのでしょうか。 その理由は、複雑なものほど「原価の精度が高まる」と、勘違いしている人が多いからです。

  • 単一工程よりも、複数工程のほうが、原価の精度が高まる。

  • 工程別計算を細分化するほど、原価の精度が高まる。

  • 一次配賦よりも二次配賦、二次配賦よりも三次配賦、三次配賦よりも四次配賦のほうが、原価の精度が高まる。

企業実務では、上記のように勘違いしている人が多いのです。 その愚かさは、次の学術論文の「Ⅴ.原価計算の革新を目指して」で論破しました。
特に大きな勘違いは、企業のコスト構造をどのように捉えるか、に現われます。 私以外の公認会計士会計学者、そして上場企業などは、企業のコスト構造を、1次関数の単利計算構造で捉えています。 また、原価計算システムや管理会計システムのすべてが、1次関数の単利計算構造で構築されています。 ところが、現実の企業活動では、次の事実を観察することができます。
  • 製造業に勤務する人であれば、工場内の各工程を観察してみてください。
    • 工場内に無数に存在する工程に、材料費・労務費・経費を次々と投入していくと、無限回数の振り替え計算が行なわれていることがわかります。
    • 材料・仕掛品・製品などが入庫と出庫を繰り返し、コストが徐々に膨張していく姿は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • 流通業に勤務する人であれば、店舗に置かれた商品を観察してみてください。
    • 日々仕入れた商品は、棚に補充したそばから、消費者へ次々と販売されていきます。
    • 膨大な商品が入庫と出庫を繰り返し、コストが徐々に膨張していく姿は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • 財務や経理に携われる人であれば、手元にある帳簿を観察してみてください。
    • 上場企業のような大規模組織になると、帳簿に記帳される仕訳の数は、1日で数百行や数千行にものぼります。
    • 振り替えの仕訳を含めれば、年間では数億行や数十億行の仕訳の数になります。
    • 入金と出金を無限に繰り返すその様は、無限連鎖の複利計算を行なっていることと同じです。
つまり、企業のコスト構造の本質は、複利計算構造にあることがわかります。 それに対して、上場企業などの原価計算制度は単利計算構造に立脚していることから、根本的なところで大きな勘違いがあるということです。 複利運用された預金利息を、単利計算構造の1次関数で検算できるわけがない。 そんなこと、小学生でも理解できる話です。 理解できないオトナが、上場企業を中心に、うじゃうじゃいるようです。
今回、東芝は、人心を一新しました。 しかし、システムを大幅に入れ替えた、という話は、調査報告書に見当たりません。 つまり、事件が起きる前と同じ原価計算システムを、現在でも利用し続けているということ。 事業部門以外の者が「反証」できない原価管理資料が、現在でも飛び交っているということ。
事件前は、事業部門から、監査部門や監査法人に対して、「見積もりは正しい」となっていました。 事件後は、「今度こそ、正しいのです」と、丁寧語に変わるのかな。 第三者(監査部門や監査法人)は相変わらず、独力で問題集のすべてを解くことはできていないはず。 「正確な原価の計算」以前の問題です。 原価計算制度や原価計算システムを変えない限り、5年後、10年後、同様の事件が繰り返される可能性が高い。 他の上場企業でも、同様の事件が起きる可能性が高いことを予言しておきましょう。
【余談】 東芝の調査報告書を読んでいて気がついたこと。 調査報告書の最後にある「別紙2-1」になって、ようやく、「当期純利益」という語が登場します。 つまり、本文は、「当期純利益」ではなく、すべて「当期利益」が採用されています。 旧商法計算書類規則の時代は「当期利益」でしたが、会社計算規則の時代になって「当期純利益」に改められたはず。 それとも、「当期の利益」という意味で使っているのでしょうか。 本文を、「当期の売上総利益」や「当期の営業利益」と読み替えても矛盾はありません。 そうではなくて、旧商法計算書類規則の「当期利益」の意だとするならば、まわりは第三者委員会の「威光」に遠慮したのかなと。 「威光の意向」を気にして何も言えなくなるのは、いろんな場面であることだから。
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