公認会計士高田直芳 会計物理学&会計雑学講座

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公認会計士高田直芳:大正9年から時が止まったままの管理会計

書籍などを執筆している過程で、ふと思ったことがあります。
管理会計や経営分析などの世界で、絶対的通説として君臨している損益分岐点分析(CVP分析)って、いつ頃、確立されたのだろうか、ということ。
ここでいう絶対的通説とは、管理会計や経営分析などを習得した人が100万人いるとするならば、そのうちの99万9999人が、「損益分岐点分析は正しい」と信じていることをいいます。
損益分岐点分析(CVP分析)の発祥は、インターネットで検索すれば、すぐに判明します。
アメリカ人のヘス(C.Hess)が1903年に考案し、同じアメリカ人のノイッペル(C.Knoeppel)が1920年に損益分岐点図表(CVP図表)を作成したのが始まりとされています。
西暦で表現すると、わかりづらい。
和暦で表現すると、1903年は、明治36年です。 1920年は、大正9年です。
『詳説 日本史研究』(山川出版社)を参照すると、大正9年には、第1回メーデーが開催され、普通選挙実施と治安警察法廃止を求めたデモが行なわれたとあります。
関東大震災が起きたのは、その3年後の大正12年(1923年)です。 世界史に目を転ずれば、第一次世界大戦終結し、国際連盟を中心としたヴェルサイユ体制が始まったのが、1920年です。
今日もどこかの大学・ビジネススクール・ビジネスセミナーで、損益分岐点分析(CVP分析)が語られていることでしょう。 今日もどこかの企業のパソコン画面上で、損益分岐点図表(CVP図表)が映し出されていることでしょう。 それって、大正9年から時間が止まった状態。 学者やシステムエンジニアたちって、何をやっているんだか。 明治36年や大正9年の理論に、いまだにしがみつき、固定費や損益分岐点などを語るなんて、あなたがたは恥ずかしくないのか。
100年の時空を超えようとするのが、次の受賞論文です。
大正9年から現在に至るまで、企業のコスト構造の基本となっているのは、1次関数の単利計算構造です。 それを新たに、「自然対数の底e」を用いた複利計算構造で描き直したのが、上記の受賞論文です。 上記の受賞論文以外で、企業のコスト構造を複利計算構造で解き明かしたものは、日本だけでなく欧米の会計理論や経済理論にもないことを付言しておきます。 損益分岐点分析(CVP分析)の発祥を調べた結果、自分がまるで「時空の旅人」になった気分です。
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