公認会計士高田直芳 会計物理学&会計雑学講座

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公認会計士高田直芳:『フェルマーの最終定理』サイモン・シン(青木薫訳)

紀元前5世紀の「ピタゴラスの定理」に始まり、1670年に「フェルマーの最終定理」が公表され、1995年にワイルズが証明するまでの物語。
フェルマーの最終定理」とは、次のもの。
【資料1】上掲書59ページ
    +Y=Z
    この方程式は、nが2よりも大きい場合には、整数解をもたない。
n=2のときは、「ピタゴラスの定理」になります。
フェルマーの最終定理」については、次のエピソードも有名。
【資料2】上掲書96ページ

私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。

微分積分学や確率論などで偉大な功績を残した人物だからこそ、【資料2】もエピソードになります。 実績のない者が、真似をしてはいけません。
いきなり「フェルマーの最終定理」を説明するのではなく、周辺問題を取り上げているのも興味深い。 例えば、ある川の実際の長さは、水源から河口までの直線距離の「3.14倍」になる、という話。 いろいろな河川を調べてその平均をとると、「3.14倍」に近似するそうです。 つまり、自然現象は、円周率に収束していくということ。 なるほどなぁ。
いまだ解かれないものに、「リーマン予想」というのがあります。 なぜ、「リーマンの定理」と呼ばないのだろうと、ずっと疑問に思っていました。
【資料3】上掲書101ページ

定理こそは数学の土台である。なぜなら、いったん真であることが確立されてしまえば、その上に安心して他の定理を築くことができるからだ。

厳密な証明をされていないアイデアは定理に比べてずっと価値が低く、「予想」と呼ばれる。

数学と、物理学などの自然科学との違いも説明されています。
【資料4】上掲書13ページ

数学の核心は証明にある。

そして証明こそは、数学と科学の他の分野とをきっぱりと分かつものなのだ。

数学以外の科学ではまず仮説を立て、実験によってそれを検証する。

そして仮説の誤りが示されれば、別の仮説がそれに取って代わる。

しかし数学においては、完全な証明こそがゴールである。

一度証明されるということは、永久に証明されることなのだ。

上記を素のまま読めば、自然科学は数学に劣る、となってしまいますが、そうではないことが同書391ページで説明されています。
中盤からは、「谷山志村予想」を証明すれば、「フェルマーの最終定理」が自動的に証明される、という話。 谷山志村予想を襲った2つの悲劇は衝撃的(同書237頁)。
20歳のとき、決闘で命を落としたガロア。 彼が打ち立てた「群論」という概念を、同書283頁では、明解に説明をしてくれています。 「整数は加法について群をなす(閉じている)」と。 数学は、単に問題を解かせるだけでなく、歴史的な経緯も説明してくれると理解が深まる。
数学の定理は、専門家(レフェリー)によって吟味されて評価されることにより、「定理」として昇格します(同書309頁)。 自己満足の証明では、「予想」にすぎません。 私が2008年11月に、次の書籍で「タカダ式操業度分析」を初めて公表したときは、自己満足に過ぎませんでした。 その後、2015年3月に次の論文で「賞」を得たことにより、タカダ式操業度分析は自信をもって語ることができるようになりました。
私以外の人たちが語る管理会計や経営分析は、そのすべてが1920年(大正9年)に確立されたCVP分析(損益分岐点分析)に立脚しており、今日(2015年10月)に至るまでの95年間、なんの進歩もありません。 数学や自然科学に比べると、管理会計や経営分析は、大きく後れを取った学問であることを思い知らされます。 1世紀もの長きにわたり、物真似に物真似を重ねて、学問としての意義があるのかと、疑問に思えてしまうほど。
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