公認会計士高田直芳 会計物理学&会計雑学講座










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公認会計士高田直芳:会計監査で人工知能AIを活用しても粉飾決算は糺せない


会計監査で人工知能AIを活用しても
粉飾決算は糺(ただ)せない


2017年3月15日付の日本経済新聞では、次の記事が掲載されていました。
【資料1】日本経済新聞「Disruption断絶を超えて(3)」2017年3月15日

原子力事業の混乱で2016年4~12月期連結決算の公表を再度延期した東芝。すべての発端は15年4月に発覚した不適切会計だった。

当時、監査を担当した新日本監査法人の関係者は悔やむ。「AI(人工知能)があれば、不正の温床となったバイセル取引を見抜けたんじゃないか」。

パソコン部門で横行していた利益水増しの取引手法。最も悪質性が高いともされるが、新日本の会計士たちは見過ごしてしまった。

監査実務で人工知能AI を用いれば、粉飾決算など容易に見抜けるぞ、と考えている会計監査人がいるとしたら、その考えは非常に甘い。
第1に、会計監査人の側が人工知能AI を用いるのであれば、企業の側はその能力を上回る人工知能AI を投入するはずだから。
粉飾決算に手を染めた企業が、会計監査人の裏をかこうとするその必死さは、前世紀(20世紀)においても今世紀(21世紀)においても、まったく変わりがありません。 第2に、会計監査人が人工知能AI を導入するには、莫大な投資が必要。 その資金を、被監査会社の報酬から捻り出せるのか。 第3に、人工知能AI を導入するとなると、監査従事者の大半が、リストラの憂き目に遭う。
削減した人件費を人工知能AI への投資にまわしたら、19世紀に前半に英国で起きたラッダイト運動みたいなことが勃発するでしょう。 サーバーの破壊活動とかね。
第4に、会計監査人の側がどれほど高度な人工知能AI を駆使しようとも、現在の会計制度を改めない限り、ザルで水を掬(すく)い取るようなもの。 現在の会計制度が抱える最大の欠陥は何か。 「見積もり」に立脚している点にあります。
上記【資料1】に「利益の水増し」とありました。 利益を水増しするためには、売上高の過大計上か、コスト(原価・費用・損失)の過小計上が行なわれます。 これらに共通するのは、価格に数量を乗じて求める点にあります。 価格を縦軸、そして数量を横軸にとれば、長方形の面積が、売上高やコストを表わします。
まず、売上高の場合、企業が架空伝票や架空契約書などで取り繕うとしても、会計監査人が外部の得意先に問い合わせれば、粉飾の事実を容易に突き止めることができます。 売上高が形作る長方形は、縦軸も横軸も実績値(=実際価格×実際数量)だからです。 次の勘定連絡図で確認します。
【資料2】勘定連絡図
画像
上記【資料2】の勘定連絡図は、次の拙著76ページに収録してあるものです。 【資料2】右端に、売上高勘定があります。 売上高勘定のさらに右には、得意先が控えており、両者で合意した実績値が計上されます。 得意先の協力なしに、実際価格や実際数量を、ごまかすのは難しい。 横領や背任行為のリスクを犯してまでも、得意先が協力してくれるかどうか。 次の関連ブログで紹介した工事進行基準などの例外を除けば、売上高勘定の右側で、価格や数量を意図的に操作する余地は乏しいといえるでしょう。
【資料3:関連ブログ】
売上高を舞台にした粉飾決算については、人工知能AI を利用するまでもない話です。
次に、コストの世界は、「見積もり」で溢れかえり、「恣意性」が我が物顔で横行します。 「勘定連絡図の左端のさらに左には、仕入れ先が控えているのだから、恣意性が介入する余地はないぞ」と思われるかもしれません。 それは買掛金勘定や未払金勘定の話です。 コストの場合、【資料2】にある材料勘定・労務費勘定・製造経費勘定から、仕掛品勘定を経由して、製品勘定に至るまで、すべてが「見積もり」で行なわれます。 見積もりという表現に語弊があるのなら、予定原価や標準原価と言い換えてもいいでしょう。 【資料1】にあった「バイセル取引」は、次の【資料4:関連ブログ】1. で紹介したように、材料勘定と仕掛品勘定の間で行なわれたものです。
【資料4:関連ブログ】
  1. バイセル取引とマスキング価格の裏に潜む怪物
  2. 有償支給のカラクリは、どのようにして悪用されるのか
  3. 「利益の先食い」を誘引させる、部品材料の有償支給
見積もりに基づく予定原価や標準原価には必ず、恣意性が塗り込められます。 肝に銘ずべき事実です。
コストを長方形で描いた場合、上場企業から中堅企業に至るまで、縦軸と横軸の両方で、次の方法による「見積もり」が行なわれます。
【資料5】
  1. 縦軸……費目別精査法
  2. 横軸……公式法変動予算
【資料5】1. の費目別精査法とは、例えば労務費の、向こう1年間の予算が1億円と見積もられる場合、そのうちの80%を固定費、残りの20%を変動費と見積もって、固定労務費8千万円と変動労務費2千万円とに振り分ける方法をいいます。 いまの記述で、「見積もり」という表現が2回も登場しました。 【資料5】2. の公式法変動予算とは、向こう1年間の生産数量・作業時間・機械稼動時間・工数などを見積もり、費目別精査法で求めた固定費と変動費で、固定費率と変動費率とを求める方法です。 縦軸だけでなく、横軸にも「見積もり」という表現が登場しました。 長方形全体が「見積もり」では、どのような「屁理屈」でも成り立ってしまうので、人工知能AI は何をどう判断していいのか、わからなくなります。
「向こう1年間」というスパンが長すぎるのであれば、向こう3か月(四半期)でも構いません。 問題は、たとえ3か月であっても、縦軸の労務費や製造経費の予算額を見積もったり、横軸の生産数量・作業時間・機械稼動時間・工数を見積もったりする行為には、恣意性が溢れかえるということです。

  • 企業側が「労務費の見積額は、1億円です」と主張すれば、会計監査人は「ああ、そうですか」と了承するしかない。

  • 企業側が「工数は10万時間です」と主張すれば、会計監査人は「ああ、そうですか」と了承するかしない。

  • 企業側が「当期の固定費と変動費の割合は80%と20%でしたが、来期は75%と25%にします」と主張すれば、会計監査人は「ああ、そうですか」と了承するしかない。

「見積もり」の恐ろしさは、1万人の担当者がいれば1万通りの見積もりが存在し、それに対して、企業実務を知らない会計監査人は「ああ、そうですか」と了承するしかないのです。
「見積もり」というのは、例えばワイシャツの第1ボタンをとめること。 企業が、第1ボタンを意図的に掛け違えた場合、会計監査人はその掛け違えを正すことはできません。 もし、会計監査人が「第1ボタンの留め方をやり直せ」と主張するのであれば、会計監査人は企業とともに経営責任を負う覚悟が必要です。 机上の試験問題を解く経験しか持たないボンボンに、そんな主張などできるわけがない。 会計監査人にできることといえば、第2ボタンや第3ボタンに掛け違えがないかどうかを、人工知能AI で検証することくらい。 こいつは不毛な作業だ。 さらに厄介なのは、材料勘定・労務費勘定・製造経費勘定から、仕掛品勘定を経由して、製品勘定に至る過程で、コストの一部が、棚卸資産や固定資産、そして子会社や下請業者へ、ボタンを掛け違えたまま流出することです。 そのカラクリについては、有償支給・無償支給の問題と絡めて、【資料4:関連ブログ】2. と 3. で説明しました。 また、次の関連ブログでも、スピンオフとして、同様のカラクリを説明しています。
【関連ブログ】
粉飾決算を予防することだけが目的であれば、すべての取引を、実績原価や実際原価(=実際価格×実際数量時間等)で計算することです。 しかし、実際原価計算制度がどれほど不毛であるかは、原価計算やコスト管理に関する教科書の最初で説かれています。
以上の説明における問題点は、「見積もり」と「恣意性」にあります。 不確定な将来を予測するために「見積もり」を排除することは不可能です。 しかし、見積もりをするにあたって、「恣意性」を排除する方法は存在します。 1万人の担当者が見積もり作業を行なったとしても、その見積もり結果が、たった1つの解に収斂(しゅうれん)していくのであれば、恣意性を排除することができます。 そのように都合のいい方法はあるのか。 あります。 次の受賞論文の26ページ〔図表35〕で説明している「タカダ式変動予算」が、その答えです。
【資料6】
次の【資料7】に、上記の受賞論文で掲載している「タカダ式変動予算」を再掲します。
【資料7】タカダ式変動予算
画像
【資料7】では、その横軸に、売上高を設定します。 売上高は、【資料2】の勘定連絡図にもあるとおり、得意先と合意した実績値です。 恣意的に操作できる余地はゼロです。 【資料7】では、「予算許容曲線」が描かれています。 これは、日々の会計処理を、複利曲線で繋ぎ合わせたものです。 なぜ、複利曲線なのか。 理由は、私(高田直芳)が、企業の原価計算実務やコスト管理活動に取り組んでいるとき、次の事実に気づいたことに端を発します。
【資料8】
  • 製造業に勤務する人であれば、工場内の各工程を観察してみてください。
    • 工場内に無数に存在する工程に、材料費・労務費・経費を次々と投入していくと、無限回数の振り替え計算が行なわれていることがわかります。
    • 材料・仕掛品・製品などが入庫と出庫を繰り返し、コストが徐々に膨張していく姿は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • 流通業に勤務する人であれば、店舗に置かれた商品を観察してみてください。
    • 日々仕入れた商品は、棚に補充したそばから、消費者へ次々と販売されていきます。
    • 膨大な商品が入庫と出庫を繰り返し、コストが徐々に膨張していく姿は、無限回数の複利計算を行なっていることと同じです。
  • 財務や経理に携われる人であれば、手元にある帳簿を観察してみてください。
    • 上場企業のような大規模組織になると、帳簿に記帳される仕訳の数は、1日で数百行や数千行にものぼります。
    • 振り替えの仕訳を含めれば、年間では数億行や数十億行の仕訳の数になります。
    • 入金と出金を無限に繰り返すその様は、無限連鎖の複利計算を行なっていることと同じです。
つまり、企業のコスト構造の本質は、複利計算構造にあることがわかります。 【資料8】の命題に基づいて描いたのが、【資料7】の予算許容曲線です。 日々の会計処理は「日々の実績」ですから、誰が取り組んでも【資料7】の予算許容曲線は同じ形状で描かれます。 予算許容曲線の形状を、恣意的に操作できる余地はゼロです。

  • したがって、誰が計算しても、縦軸上の基準固定費は一意的に決まります。

  • また、誰が計算しても、横軸上の点E(予算操業度)が一意的に決まります。

タカダ式変動予算に基づく原価計算制度の詳細は、次の書籍で詳述しています。 以上が、ワイシャツの第1ボタンの掛け違えを防ぐ「タカダ式原価計算制度」の方法です。 第2ボタン以降は、人工知能AI に任せればいいだけの話。
中小企業であれば、仕訳の数は年間で数千本になります。 上場企業で子会社を含めた連結集団ともなれば、連結損益計算書連結貸借対照表の裏に隠された仕訳の数は、数十万本・数百万本にもなります。 これだけの数になれば、統計学でいう「大数の法則」が働き、【資料8】で示した「無限連鎖の複利計算構造」が現われることでしょう。 そこに何らかの物理法則を見つけて、解き明かそうというのが、私(高田直芳)が創設した会計物理学の世界です。
【資料9:関連ブログ】
日々の会計処理で、【資料7】にある複利曲線から離れたものがあるならば、人工知能AI は会計監査人に対して注意を喚起することでしょう。 会計監査人は、そこを重点的にチェックすればいい。 いや、複利曲線(予算許容曲線)からの誤差率や乖離率を測定すれば、人工知能AI を利用するまでもない。
最後に注意点をいくつか。 1つめは、企業のコスト構造を複利曲線で描こうとする理論は、日本だけでなく欧米の論文や書籍にも存在しないことです。 2008年に出版した次の拙著が、会計物理学の始まりです。 誰かに師事したわけではなく、いかなる大学院・学会にも属したことはなく、すべて独学です。 上場企業や大学院などの看板を振りかざす者たちに、たった1人で立ち向かう。 公認会計士というのは、そういう職業です。
2つめは、100年以上もの間、実務の世界で用いられてきたのは、【資料5】にある費目別精査法や公式法変動予算だということです。 【資料5】の本質は、1次関数の単利計算構造にあることを、お見逃しなく。 企業活動は複利計算構造を内蔵しているにもかかわらず、それを単利計算構造で解き明かそうというのは、横車を押すのと同じこと。 創造力や革新性を欠いた者たちが、人工知能AI というチカラワザに頼ろうとするのは、当然の帰結だといえるでしょう。 会計監査に携わる者たちよ、人工知能AI で粉飾決算に対峙できると考えているようでは、企業からますます見下されるぞ。 実務は、そんなに甘くない。